ごあいさつ〜農園の歴史とこだわり〜小泉博司


小泉農園は、神奈川県川崎市宮前区にて200年近く代々農業を営む農園です。

現存の祖父正博(大正14年生まれ)の時代は野菜や麦、米を作り、出来た作物は

リアカーに乗せて今の溝の口駅や向ヶ丘遊園駅の近くにあった市場(川崎市場・登戸市場)

まで運んでいたと聞いています。野菜を沢山積んだリアカーを押して山道を何時間も進んだ

祖父や祖母(いそ・昭和2年生まれ)の当時のパワーに、家族一同常々脱帽の思いでおります。

戦争や貧困の時代を体験した彼等はいくつになっても前向きで元気で明るいです。



宮前区・高津区・多摩区の一部のエリア(菅生・平・長尾・上作延の辺り)は、その昔

向丘村(むかおかむら)と呼ばれていた時代があり、多摩丘陵に続く豊かな森と、

平瀬川の水源を中心に農耕を行う集落でした。今でも生田緑地や東高根森林公園

などからその昔の姿を察する事が出来るように、当時は山道の険しい小さな村々でしたが、

昭和以降、小田急線や東急田園都市線の開業に伴い住宅地としての開発が進み、徐々に

現在の街並みが形成されていきました。


昭和25年生まれの父富生は大学卒業後にヨットで太平洋を横断。

帰港後に家業を継いで就農し、以後30年以上トマトやレタスといった野菜作りに専念してきました。

今までの”その日暮らし"な農業を、生産面や収入面においてより安定した物に変える為に

地元の農家数軒と結束して『向丘農産物流通組合』を結成し、地方の大規模農家に負けない

都市型の新しい農業スタイルを開拓してきました。

 

1970年代には『生活クラブ生協(神奈川)』さんへの露地野菜の大量出荷が始まりました。

高度経済成長期の物が溢れ出した時代において、生活クラブさんの厳しい検査規準で生産を続ける事が、

『より安全な食べ物を提供する』一つのきっかけにもなり、現在のさまざまな取り組みに繋がっています。


例えば、バンカープランツ(害虫のより好む植物を一緒に植える事)やフェロモントラップ、

交信撹乱剤や黄色防蛾灯LEDといった(害虫が繁殖しないようにする)仕掛け、

天敵(害虫を食べてくれる虫)の導入、太陽熱を利用した土壌消毒など、出来る限りの

減農薬対策を行っているほか、科学肥料を必要最低限に抑えるために、定期的な

土壌診断(土地の健康診断)を行ったり、今でも馬事公苑の馬糞を使った堆肥作りを

行ったりしています。また、1997年には神奈川県との『環境保全型農業』 の締結に伴い、

地元の落ち葉を使った肥料作りや、日本電気(NEC)さんの社員食堂の調理残さを

コンポスト肥料に変えて使う取り組みなどを実施し、環境に配慮した小泉農園独自の農法を探求し続けています。




そして、僕(長男博司・昭和52年生まれ)は、東京農業大学を卒業後、2年間のサラリーマン修行を経て

26歳で就農し、ハウスでのイチゴ栽培を開始しました。

試験栽培を経て、2003年から直売を開始。こだわりを持って作ったイチゴを『わがままいちご』

と命名し、ブランド化に成功しました。(デザインは知人のアートディレクターである宮田さんが作ってくださいました。)

よく聞かれる名前の由来ですが、一世一代の思いで投資したハウス設備は、水や温度の管理をボタン一つで設定出来る、

まさにイチゴにとっては高級ホテルの様な場所。「暑い、寒い、水が飲みたい、病気になった、草をむしれetc…」

言葉を喋らないイチゴのわがままを15ヶ月間毎日聞き続け、ようやく赤く甘く実ってくれるいちご。

味の形成の為に微量の赤ワインを散布したり、手間暇かけて最先端の農業技術で『わがままいちご』を育てています。




イチゴを始めてしばらくして、僕は大学の同期でもあり、元千疋屋さんのパティシエールだった麻里と結婚し、

小泉農園のスイーツラインが誕生しました。2009年に庭先に工房を作り、畑で出来たものを使った焼き菓子

(ケーキやクッキー)を作ってくれています。



母ふさ代は父の中学校時代の同級生で、(当時はアナウサーを目指していたという)

農業とは全く無縁の人でしたが、結婚を機に趣味で始めたハーブ栽培が転じ、

今ではハーブの加工品(調味料やジャム、ピクルス)を作ったり、ハーブを使った料理や

クラフトの講習会を行うまでになりました。


   

母の加工品製造は先の『向丘農産物流通組合』のお嫁さん会として1990年頃に発足され、

当時の西洋ハーブブームの後押しもあり、今まで色々なメディアに取り上げられてきました。


現在は弟(寛明・昭和54年生まれ・明治大学農学部職員)や妹(喜美枝・昭和57年生まれ・農園の

HPやデザイン、イベントの企画も担当)、更に親戚の田村さん(祖父の妹であり、長年農園の全ての

業務をバックアップしてくれている方)や根岸さん(近隣の方で、野菜の袋詰めや草むしりなどのエキスパート)、

いちごハウスで受付や事務をやってくださっている馬場さん、繁忙期に手伝ってくれる地元の友人達など、

その他大勢の方々のサポートがあり、日々少しずつ前進しているという状態です。

 

最期に、小泉農園は都市農業ならではのいろいろな問題(相続や周辺環境への配慮など)を抱えながら

手探りで家族経営を行っています。他企業に比べ、至らない点が多々あるかと思いますが、

どうぞ温かい目で見守っていただければ幸いです。また、お近くの方は是非第二の故郷と思って

お気軽にご利用いただければと思っています。今後ともよろしくお願い致します。